渡部海の父と出身高校の結論
渡部海選手の出身高校は、和歌山県の智辯学園和歌山高等学校です。お父さんは自身も大学まで野球を続けた経験者で、幼いころから息子の野球を支えてきたと報じられています。
渡部選手は2026年のドラフト会議で、青山学院大から楽天にドラフト1位で指名されました。この記事では、高校時代の歩みと、お父さんとの野球の関わりをあわせて整理します。
▶ 動画で確認:楽天1位指名の渡部海選手
2026年10月22日のドラフト会議で、青山学院大の渡部海捕手が中日と楽天に1位指名され、抽選で楽天が交渉権を獲得した場面を伝えるサンスポの映像です。
出典:サンスポ(YouTube)
出身高校は智辯学園和歌山高等学校
渡部選手は2004年8月20日生まれ、大阪府大阪市の出身で、高校は智辯学園和歌山高等学校に進みました。
青山学院大の4年生としてプロ志望届を出した際の報道でも、「智弁和歌山」の出身と紹介されています。
ポジションは捕手で、右投右打です。
父は大学まで野球を続けた経験者
お父さんは、大学まで野球をしていた経験の持ち主です。息子の野球にはコーチとしても関わってきました。
お母さんも、日々の生活の中で息子の挑戦を後押ししてきたと伝えられています。
ご家族については、報道で語られた範囲のみをご紹介します。
智辯学園和歌山高での歩み
渡部選手は智辯学園和歌山高で、全国の舞台を経験しました。2年夏には日本一に貢献し、3年夏は悔しい結果に終わっています。
思うような結果を残せず苦しんだ時期もあったと伝えられています。その中で大きな転機となったのが、高校1年生のときの出会いでした。
| 学年 | 大会 | 結果 |
|---|---|---|
| 2年夏 | 第103回全国高等学校野球選手権大会 | 正捕手として出場し優勝 |
| 3年夏 | 第104回全国高等学校野球選手権大会 | 初戦(2回戦)で國學院栃木に敗戦 |
2年夏に正捕手として優勝、決勝で本塁打
2年夏の第103回全国高等学校野球選手権大会に、渡部選手は正捕手として出場しました。
チームは優勝し、渡部選手も全国制覇に貢献しています。
智辯学園との決勝では、本塁打も放ちました。
3年夏は初戦で敗退
3年夏の第104回全国高等学校野球選手権大会では、初戦となる2回戦で國學院栃木に敗れました。
2年夏の優勝から一転して、早い段階での敗退となりました。
高校1年でイチロー氏から指導を受けた
智辯学園和歌山高に進んだ渡部選手は、高校1年生のときにイチロー氏から指導を受ける機会に恵まれました。
幼いころに雑誌で見て輝きを感じていたスターからの指導でした。
渡部選手は「高校1年生の時に指導を受けたのは大きかったです。スタートラインに立ったことを報告したい」と話しています。プロ入りが決まった今も、大きな財産になっているようです。
▶ 動画で確認:イチロー氏の指導を語る
ドラフトで楽天1位となった渡部海捕手が、智弁和歌山時代に受けたイチロー氏の指導について、プロ入りが決まった今の思いを語るスポニチの映像です。
出典:スポニチドラフト(YouTube)
父と歩んだ野球人生
渡部選手の野球人生は、お父さんの存在と切り離せません。幼少期から高校時代までの歩みを、報道された内容に沿って見ていきます。
お父さんが心がけていたのは、「本人が野球が大好きで、嫌いにならないようにすること」だったと語られています。
1歳で野球に触れ「いちろー」と指差した幼少期
お父さんによると、渡部選手は1歳になるころにはハイハイしながらボールを投げていたそうです。
お父さんは「絶対に野球をしてほしかった」ため、野球のテレビばかりをつけていたと笑って振り返っています。
ちょうどそのころ、2006年の第1回WBCが開かれていました。幼い渡部選手は、父が読んでいたスポーツ総合誌「Number」の特集に反応を示しました。
少し話せるくらいの時期で、イチロー選手を見つけるのが上手く、指差しながら「いちろー、いちろー」と言っていたそうです。
小学1年で大阪ゴールデンファイヤーへ、父もコーチに
渡部選手が本格的に野球を始めたのは小学1年生のころです。地元のクラブ「大阪ゴールデンファイヤー」で白球を追いました。
大学まで野球をしていたお父さんも、コーチとして指導に加わりました。
お父さんは「私自身がやって良かったなということを息子に教えていました」と話しています。
単身赴任中も週末はコーチを続けた4年4か月
ほどなくして、お父さんは単身赴任をすることになりました。
お父さんは単身赴任中も土日は家に戻ってコーチを続け、月曜日は「真っ暗な時に始発で家を出て」いたと振り返っています。このサイクルは4年4か月くらい続いたそうです。
「今考えるとゾッとしますよ」と語るほど過酷な日々でした。一方で、“指導しすぎない”距離感がプラスになったと感じているとも伝えられています。
ドラフト後に語った感謝と父からのエール
渡部選手は「両親に感謝を伝えたい。家族が一番に支えてくれた」と話しています。
お父さんは「今まで通り、周りの方への感謝や謙虚な気持ちを忘れずに頑張ってほしい」とエールを送りました。
お父さんはドラフト当日、大学のキャンパス内で見守り、「夢のような出来事ですよ」と目を細めたそうです。最後は親子3人で肩を組んで写真に納まりました。
▶ 動画で確認:指名後の会見で語った感謝
青山学院大での指名選手記者会見で、渡部海捕手が楽天1位指名の喜びと、まず両親に伝えたい感謝、プロでの目標を語る様子を収めた映像です。
出典:oricon news(YouTube)
高校卒業後の進路と楽天1位指名
高校卒業後の渡部選手は青山学院大学に進み、大学野球でも活躍を続けました。そして2026年のドラフト会議で、楽天から1位指名を受けました。
大学での主な歩みと、ドラフトの結果を順に確認します。
▶ 動画で確認:青学大での成長を語る
1年春から正捕手を務めた青山学院大で、渡部海捕手が自主性を重んじる環境の中で身につけた練習方法を語るインタビュー映像です。
出典:Sports Graphic Number(YouTube)
青山学院大でリーグ戦6連覇、日本代表にも選出
青山学院大では、1年春から正捕手を務めました。3年秋まで、リーグ戦6連覇を達成しています。
3年時には日米大学野球選手権大会、4年時にはワールド・カレッジ・ベースボール・チャンピオンシップの日本代表に選ばれました。
侍ジャパン大学代表では主将も務めたと報じられています。
▶ 動画で確認:日米大学野球で3打点
2025年7月の日米大学野球第5戦で、侍ジャパン大学日本代表の青山学院大・渡部海捕手が3打点を挙げ、日本がアメリカに競り勝った試合のハイライトです。
出典:テレビ朝日スポーツ(YouTube)
2球団競合の末に楽天が交渉権を獲得
ドラフト会議は2026年10月22日に開かれました。渡部選手には楽天と中日の2球団が競合しました。
抽選の結果、楽天の石井一久GMが当たりくじを引き当て、楽天が交渉権を獲得しています。
あいさつに訪れた楽天の監督と握手を交わし、凛々しく受け答えをする姿も報じられました。
楽天のスカウト評では、高校と大学で日本一を経験している「優勝請負人捕手」と紹介されています。
▶ 動画で確認:中日との競合、楽天が獲得
渡部海捕手が中日と楽天の2球団に1位指名され、抽選の結果、楽天が交渉権を獲得したことを伝える中日新聞の速報映像です。
出典:中日新聞(YouTube)


コメント